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この度、Michael G. Rossmann先生ご逝去の知らせを聞いて、wwPDB一同悲しみに包まれるとともに、Rossmann先生のご家族ならびにご友人の方々に心よりお悔やみ申し上げます。 Rossmann先生は、構造生物学の分野で大きな貢献をなさり、また、wwPDBとその活動を支援してくださいました。Rossmann先生への感謝とともにPDBアーカイブへのRossmann先生の貢献について共有したいと思います。

1977年から2019年の間で、Rossmann先生はPDBエントリーを300件以上登録されているという、構造生物学において類い稀な経歴の持ち主です。Rossmann先生はまた、分子置換法開発の基盤を確立しておられますが、この手法はX線結晶学における位相決定の幅を広げ、これまでに約10万件のPDBエントリーの構造決定に使用されてきました。Rossmann先生の重要な発見の一つは、ジヌクレオチド補因子へ結合する酵素に共通してみられる構造モチーフ、有名なロスマンフォールドの発見です。その重要性は、ロスマンフォールドモチーフを含むPDBエントリーが約2万件存在するという事実(それは、PDBアーカイブでの彼の永遠の財産でもあります)によって強調されます。

Rossmann先生はまた、ウイルス学の分野で非常に大きな貢献をなさり、彼が解いたウイルス構造は数百にものぼります。この中には、一般的な風邪としても知られる、ヒトライノウイルスの最初の構造が含まれています。Rossmann先生の研究によって、ウイルスの構造と機能についての理解が深まり、ウイルス感染を治療し予防するための新しい治療学の開発へとつながっています。

Rossmann先生はまた、2009年から2012年までの4年間、wwPDB諮問委員会のメンバーであり、RCSB PDBとEMDataBankの諮問委員会にも参加していました。この間、Rossmann先生はwwPDBへ多くの助言と指導を与えてくださり、この4年間と将来のアーカイブ活動を形作ることにつながっています。RCSB PDBの元代表であるHelen Berman氏は、「1970年代初頭のProtein Data Bank開始以来、Rossmann先生は、PDBの積極的な支持者でした」と強調します。Protein Data Bank Japan (PDBj) の元代表である中村春木氏は、「wwPDB 諮問委員会ではwwPDBの活動に対するRossmann先生の思慮深い発言・忠告にいつも感銘を受けておりました。」「彼は、実験の生データを蓄積することの重要性を理解しており、データ科学の振興に何年も前から言及されていました。」と語ります。

Protein Data Bank in Europe (PDBe)の元代表であるGerard Kleywegt氏は、Rossmann先生を「人生と科学に対し非常に強い熱意をもった人で、誰とでも仲良くできる人でした」と振り返ります。Kleywegt氏はまた、ここ数か月でさえも「彼は自分でデータ収集実験をしていたんです」と強調し、Rossmann先生が助成金不採用の知らせに落胆し、「科学的に優れた申請なのに(おそらく80歳という高齢を理由に)助成金不採択となったことは、理解できなかったんでしょう」と振り返ります。

Berman氏が「Rossmann先生は、構造生物学への貢献において本当にかけがえのない人で、彼のなさったこと全てに永遠に感謝したい」と述べているように、我々wwPDBは、wwPDBと構造生物学研究全体へのRossmann先生の支援に深く感謝いたします。

wwPDB AC 2012 Image
wwPDB AC in 2012

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作成日: 2019-06-04 (最終更新日: 6 months ago)2019-06-04